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東京地方裁判所 平成6年(ワ)21613号 判決

原告 平野エンタープライズ株式会社

右代表者代表取締役 小澤喜美子

右訴訟代理人弁護士 小宮正己

山田冬樹

被告 三井不動産ローン保証株式会社

右代表者代表取締役 安西直之

右訴訟代理人弁護士 松本信行

木村正綱

中原俊明

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、別紙第二目録≪省略≫記載の抵当権に基づき、原告が木須めぐみに対して有する別紙第一目録≪省略≫記載の建物の賃料債権についてした強制執行は許さない。

2  被告は原告に対して、金一五〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は小澤隆雄(以下「小澤」という。)に対し、求償債権を有し、これを被担保債権として、小澤所有の別紙第一目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について、別紙第二目録記載の抵当権を有している。

2  被告は右抵当権に基づいて、平成六年五月一三日に、原告が木須めぐみに対して有する本件建物の賃料債権を物上代位により差押えた(債権者を被告、債務者を小澤、第三債務者を木須めぐみとする東京地方裁判所平成六年(ナ)第六三一号債権差押命令事件、「以下「本件差押」という。)。

3  原告は、小澤から、本件建物の管理を委託され、原告が賃貸人となって本件建物を木須めぐみに賃貸しているのであるから、差押られた賃料債権の債権者は、原告であって、小澤ではない。

よって、原告は被告に対し、強制執行の排除を求める。

4  被告は本件差押の結果、平成六年六月分から平成七年三月分までの賃料合計一五〇万円の支払いを受けている。

右は、原告が木須から支払いを受けるべきものを、被告が理由なく利得したものである。

よって、原告は被告に対し不当利得金一五〇万円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1、2を認め、3を否認する。4について、平成六年六月分から平成七年二月分までの賃料を受け取っていることを認める。平成七年三月分は受け取っていない。5は争う。

2  原告は、実態は小澤の経営する小澤個人と同一視できる会社で、原告と小澤の管理委託契約は差押手続の潜脱を目的としたものであり、小澤の主張は原告の法人格を濫用するものである。

3  原告と小澤の契約は債権の回収を目的とするための賃貸契約であり、転借料については物上代位の目的となるから、被告が受け取った賃料は不当利得とならない。

原告と小澤の契約は管理委託契約であるとしても、対抗要件を具備しない債権譲渡と同様の効力しかなく原告の権利を保護する必要性はない。

4  被告は本件建物を含む一棟の建物サニーハイム門前仲町マンション管理組合から、一か月一万六〇〇〇円の管理費の請求を受け、平成六年六月分から平成七年二月分まで合計一四万四〇〇〇円を支払った。右管理費分は被告の利得となっていない。

第三判断

一  争いのない事実に加えて、以下の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実を認めることができる。

日本生命保険相互会社は小澤に対し、平成二年五月一五日に、四二五〇万円を借入期間一七年利率七・五パーセントで貸付け、被告は小澤との間の、保証委託契約に基づき小澤の右債務を保証した。小澤は同日被告に対し、被告の求償債権を担保するため、小澤所有の本件建物に抵当権を設定した。小澤は日本生命保険相互会社に対する支払いを平成五年七月五日から遅滞し始めたので、被告が残債務を代位弁済し、被告は小澤に対し、平成六年一月一四日に三九四三万八九〇〇円の求償債権を取得した(≪証拠省略≫)。

原告は、もと、奥村石油株式会社という商号でガソリンスタンドを経営していた会社であるが、平成元年一月に平野ビル株式会社と商号変更し、平成六年一月六日に、さらに現商号に変更されている。平成元年一月以降、原告の本訴提起にいたるまで、原告の代表取締役は小澤であり、その他の役員も小澤の母、妻、長男等が占めてきたが、本訴提起後に、殆ど全員が辞任し、親族外である渡辺廣治が一旦代表取締役になった。しかし、平成七年二月二五日以降は小澤の妻が代表取締役となっている(≪証拠省略≫)。

小澤は、原告は、不動産業のほか、食料品の輸入や飲食店の経営をしており、会社の経営は、現在取締役でない小澤の長男が実質的な経営者であるというが、小澤から替わった親戚外の渡辺の代表が長続きしなかったのも、さらにそれに替わる代表者に小澤の長男でなく妻がなったのも、資金繰りが困難であるとの理由であり(証人小澤)、実質的に小澤個人の経済的信用力が原告の経営に必要不可欠であるということができる。また、小澤は、原告には関わらず、株式会社丸京という会社を設立し、経営をしているというのであるが、その経営実態はまったく不明で、何をしているのか全くわからない。

小澤は、平成五年八月三一日に、原告との間で、小澤の原告に対する債務の返済方法として、木須めぐみから支払われる家賃を充てることを合意した(≪証拠省略≫)。そして、原告は木須めぐみとの間で、本件建物の賃貸借契約書を作成した。契約書によると、賃料は月額一五万円(共益費込み)であり、原告の口座に振り込んで支払うことになっている。

被告は前記抵当権に基づき、平成六年五月一三日に、本件差押に及び(争いなし)、平成六年六月分から平成七年三月分までの賃料合計一三五万円を受け取った(この限度で争いがない。平成七年三月分については認める証拠がない。)。そして、被告は本件建物を含むマンションの管理組合に平成六年六月分から九か月分の管理費一四万四〇〇〇円を支払っている(≪証拠省略≫)。

二  原告は、抵当権が設定されている建物の所有者である小澤は、本件建物を賃貸しておらず、本件建物を賃貸して賃料債権の債権者であるのは原告であるから、本件差押は当事者でない原告の賃料債権を差押えるものであるという。

抵当権は目的物に対する占有を抵当権設定者の下にとどめ、設定者が目的物を自ら使用し、または第三者に使用させることを許す性質の担保権ではあるが、抵当権設定者が目的物を第三者に使用させることによって対価を取得した場合に、右対価について抵当権を行使することができると解したとしても抵当権設定者の目的物に対する使用を妨げることにはならないから、目的物の賃料についても抵当権を行使することができる。

ところで、原告のこれまでの役員構成やその変更が本訴提起直後になされていること、原告の経営のための資金繰りも小澤個人の信用によっているとみられ、実質的には、小澤がその実権を握っているものと推認できること、証人小澤は、木須の前に賃借人であった有限会社旭硝からも、賃料を取得して原告への債務の返済に充てていたと述べるが、その賃貸借契約書の契約当事者がどうなっていたかは不明で、原告へのその返済についての明細も不明であること(証人小澤)、平成五年七月五日から小澤の日本生命保険相互会社に対する貸金の弁済の遅滞が始まっているのに、あえて、原告に対する返済を優先させる契約書を整えており、当時の原告の代表者は小澤であるので、右契約書の作成は小澤一人でできること(≪証拠省略≫)からみて、本件における原告と小澤との契約は、原告による本件建物の管理を本来の目的とするものではなく、もっぱら、小澤の債務の返済の方法として、小澤と木須めぐみが賃貸借契約を締結して小澤が受け取った賃料を原告への債務の弁済に充てればよいところを、原告と木須めぐみとが賃貸借契約を締結する形式をとったものとみることができる。

小澤の母の小澤きくよから小澤と坪井英子が相続した不動産についての原告と小澤及び坪井英子の契約(≪証拠省略≫)は、小澤と同居の家族でもなく、原告の役員になったこともない坪井英子が不動産の所有者としてからんでくるので、≪証拠省略≫の契約書と比較して同一には論じられない。さらに、原告に契約上の地位を認めるとしても、賃借人であるともいいがたく、本件の抵当権設定後のものであり、抵当権者にはいずれにしろ対抗できないこと等をみれば、本件差押における関係においては、原告に小澤と別個の独立した利益を考慮する必要性を認めがたい。

したがって、木須めぐみに対する賃料債権が小澤の債権であるとして物上代位を認めた本件差押は有効である。

また、被告が、本件差押の結果得た木須の賃料も不当利得ではない。

三  よって、原告の主張はいずれも理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲葉重子)

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